タイトル | チーズはどこへ消えた? 原題: Who Moved My Cheese? |
著者 | スペンサー・ジョンソン |
訳者 | 門田 美鈴 |
出版 | 扶桑社 |
一見すると絵本のような見た目の表紙でありながら、ビジネス書の棚に並ぶことの多い本書。
3つの章で構成された小説形式で、題名にある「チーズはどこへ消えた?」は作中で語られる寓話風の物語となっています。
第1章「ある集まり」
第2章「チーズはどこへ消えた?」
第3章「ディスカッション」
第1章は旧友の集まりの場で皆が人生や仕事について話している場面から始まり、一人が「こんな面白い物語を聞いた」として内容を語り始めます。
第2章は2匹のネズミと2人の小人が「迷路」の中で「チーズ」を探す寓話風の物語です。
第3章では話を聞いていた友人同士でこの物語から得られることは何か、ということを語り合います。
全部で100ページに満たない、ごくごく短い話です。
物語における「チーズ」は、各々の読み手の様々なものに重なるように描かれています。
ある人にとって「チーズ」はお金や家などの財産のことかもしれませんし、地位や役職などキャリアのこと、あるいはやりたい仕事、入りたい会社のことかもしれません。さらにある人は家族と重ねることもあるでしょう。
「迷路」はおそらく人生そのものを示唆しています。道は複雑に入り組んでおり「チーズ」を探すのは簡単ではありません。
物語の中で2匹のネズミと2人の小人は努力の結果一度は迷路の中で大量のチーズを発見するものの、やがてそれは失われてしまい、その後は登場人物(動物)ごとに違った行動を取り始めます。
ネズミたちは本能の赴くままに新しいチーズを早々に探しに行った一方、知恵のある小人たちはいろいろ考えを巡らせた挙げ句、新しい行動を取ることに躊躇しました。
一度は手に入れたはずのチーズ 、おそらく過去の名声や成功体験、かつて居た会社、過去の友人などを示唆しているもの、に固執した結果状況はどんどん悪くなっていったにも関わらず、小人たちはなかなか動けなかったのです。
小人は「自分たちは賢い」と自らの知恵を誇りに思っていましたが、チーズを手に入れるという目的においては結果的にネズミたちに遅れを取ることになりました。
この物語の直接的な教訓は単純です。状況は常に変化するのだからそれに順応し、勇気を持って行動すること、人生という「迷路」であなたが得たい「チーズ」を探すことを楽しもう、というある意味よく言われる内容です。
より重要なのは「あなたは登場人物のうち誰に当てはまるか?」という問いです。
小人の一人である「ヘム」は最初に手に入れたチーズが失われた後、ひどく狼狽して「そんなはずはない」と状況を受け入れず、もう一人の小人である「ホー」が次第に勇気を振り絞り新しいチーズを探しに行こうと説得するも応じませんでした。
読み手の立場から見てヘムは明らかに愚かに描かれているのですが、ではあなたはヘムなのか、ホ―なのか(あるいはネズミのどちらかなのか)というのが本書が最終的に投げかける問いです。
3章のディスカッションでもネズミのようにシンプルかつすばやく行動できる人は少なく、実はヘムのような人が多くて「私自身ヘムかもしれない」と語る人がいます。
実は新しいチーズを追わないこと、つまり変化する状況に対応しないことや新しい挑戦をしないことははたから見ると愚かに見えるが、当事者はそれに気づきにくい、あるいは認めようとしないというのが本書の結論であると思います。
自分の人生におけるチーズを手に入れるためにはただ待ってじっとしているだけでは十分でないことは明確です。ただ、実際に一歩が踏み出せる人はどれぐらいいるでしょうか。
私は本書を読みビジネス小説の名著「ザ・ゴール」(エリヤフ・ゴールドラット著)を思い出しました。本書とは小説形式のビジネス書という共通点もあるのですが、1984年に出版されたザ・ゴールでは作中で世界は日本の会社のやり方を見習うべきだ、と言うシーンがあります。(実際、トヨタ生産方式などを意識して書かれたそうです)
当時の日本は世界的な競争力が高く、仕事のやり方や終身雇用などの仕組みもうまく機能していました。しかし今では立場が逆転して日本が変わっていく必要性が叫ばれていますが、なかなか進んでいないのが現状のように思われます。
これも過去の成功体験、今では失われてしまったチーズに社会全体が未だに引っ張られている、そのようなイメージを私は持ちました。
世界の状況は刻一刻と変化しています。社会の価値観やビジネスを取り巻く状況ははどんどん変わるでしょうし、AIなどの先進技術がこれから世界をどう変えるかは本当のところは誰も予想できず、迷路はますます複雑になっていると言えるかもしれません。
大切なのはいつの時代も変化を恐れることではなく、自分自身が変化に順応し、新しいことを楽しむ気概を常に持つことです。
本書はそういう小さな気付き、勇気を与えてくれる1冊でした。
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